今年6月に鞄工房山本のFacebookでチラッとご紹介したプロトケラトプスのオブジェを覚えている方はいらっしゃいますか。短期間ではありましたが、奈良本店で展示させていただいたプロトケラトプスはお子さまを中心に大人気!記念撮影をされる方もたくさんいらっしゃいました。
その作品の作者である造形作家の河野甲さんと奥様の滋子さんの展覧会が、奈良県宇陀市にある「
ギャラリー夢雲」で2016年10月21日(金)~31日(月)まで開催されています。河野甲さんは、革を使った作品を手がける作家さんで、前述のプロトケラトプスも実は豚革製。お二人の作品に期待胸膨らませ、そしてプロトケラトプスとの再会を楽しみに、ギャラリーへと足を運んできました。
鞄工房山本から車で走ること約40分。室生ののどかな山あいを進んでいくとギャラリー夢雲は姿を表します。「自然に囲まれた」という表現がぴったり!なギャラリーで、入る前から期待がどんどん高まっていきます。
中に足を一歩踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのはこちら。想像上のいきものがモチーフの「麒麟」です。大きな目をギョロッと光らせ、今にも動き出しそう!一見、木彫りのようにも見えますが、こちらはなんと牛革でできています。
奥へ進むと、甲さんと、滋子さんの作品が悠然と並んでいました。
プロトケラトプスにも再会!今にも一歩踏み出しそうな迫力です!
外から聞こえてくる鳥のさえずりを聞きながら、そして、大きな窓からの心地よい風を感じながら、ゆったりと作品を楽しむことができます。まさに森の中のギャラリーですね。
今回、河野さんご夫妻に作品づくりについてのお話を伺うことができました。
まずは甲さんから……。
河野甲さんに聞く ~革の魅力、いきものの魅力~
Q.革に携わるようになったのはいつからですか?また革の魅力とは?
「一番最初に革に触れたのは19歳くらいのときですね。生活のためにサラリーマンをやった時期もありました。最後に勤めた会社が非常に意志の強い会社で、そこの社員が物事に真剣に取り組むのを目の当たりにしたんです。人間ってここまでやれるんだな、と。半導体の大手メーカーだったのですが、その会社の専務が地方の代理店で講演をしたときに『人間は、自分のやりたい目的が定まったらそれに向かって全身全霊をかけてやるべきだ』という話をしていて、それに感銘を受けました。私は広報担当として同行していたのですが、人の話を聞いてが涙が出たのはそれが初めてでした。
私は『革で作品を作っていきたい』と思っていた人間だったので、それに全身全霊を傾けたいという気持ちが固まりました。それが30代中頃。それから、革の仕事をずっと続けています。
私はいきものが好きだったので、モチーフは人間も含めて生物。いろいろな人との出会いの中から、『博物館の造形物を作らないか』という話があって、今回のような造形物の展示会と、博物館の造形物を作るという仕事をやっています。それ以外の仕事はやっていません。」
「革の魅力って何かと聞かれると、正直、自分でもわかってないと思うんです。でも一つ言えるのは、元々、甲虫が好きだったということ。甲虫と革の質感が似てるなと思ったんです。
私の師匠が大きな哺乳類を中心に作っていたんで、二番煎じにはなりたくないと目先を変えました。『じゃあ私は甲虫にしよう』と。甲虫の質感を革で表現するといいだろうというのはありましたね。硬いものが好きで、虫も柔らかいものより硬い虫が好きです。そういうところは男の子ですね(笑)。しかも、硬いんだけど冷たい硬さではなく、虫の持つ独特の感触と革の感触が非常に似ていると思います。
あと、子どものときに読んだ絵本で、靴屋の老夫婦が靴を作る話がありました。あまり繁盛していなかったんだけど、天使が助けに来てその靴屋が繁盛するようになる。潜在意識の中で革に対する思い入れとして何かインプットされたところがあるのかもしれません。物を作って売る、しかもそれを天使が助けてくれる、そのお話が大好きでした。」
Q.同じいきものでも、いろいろな表現をされていますね。
「かわいらしいものだけでなく、ある人から見ると『怖い』と言われるようなものも表現したいと思っているので、表現のバリエーションはいくつかあります。一貫性がないと言われることもありますね。でも自分では納得した上で表現するようにしています。」
(蜂をモチーフにした作品を見ながら)「自然は優しい面もありますが、実際は怖い面もいっぱいあって。優しさだけでなく、怖いところも含めて表現したいという思いはあります。怖い表現であってもそこに”美”があると思います。怖い中の”美しさ”ですね。そういう意味では私は芸術家ではなく美術家だと思います。」
Q.いきものの中でも特にカタツムリに造詣が深い甲さん。今回の会期中にも「カタツムリレクチャー」を開催されますが、カタツムリの魅力を教えてください。
「一番の魅力は地域によって種が違うことです。カタツムリの採集に行くときは宝探しをしている感じ。自然が宝探しのフィールドで、そこで自分の大好きなものを見つける感覚です。見つかるとすごく嬉しい。日本に800種類くらいいますが、種の違いを見分けるのが難しいので、見分けの知識が積み重なってわかり始めると満足感を感じますね。あとは新種を見つけられたらもっと楽しいでしょうけど難しいでしょうね。」
Q.これらの作品はどのように作られるのでしょうか?
「作り方のパターンはいろいろありますが、彫刻を作ってその表面を革で覆っているというとわかりやすいと思います。だから中身が全部残っている状態です。ただ一番メインの作り方は、大きく作ったフォルムの上に、自家製の特殊な粘土を盛り付ける。そこに濡れた革を上から貼って、押すとへこむ性質を利用して凹凸を出す。水分が抜けるとだんだん硬くなっていくので、革が柔らかいうちに凹凸を作る。プロトケラトプスの場合、一つの凹凸を作るのに、5回くらい撫でています。仕上げていくのは忍耐力と根気が必要ですが、一番集中できる作業ですね。一気にはできませんので、パーツごとに分けてその作業を繰り返します。プロトケラトプスは完成までに半年かかりました。」
「あとは『型物』といって、ペーパーウェイトなどを作る時の方法ですね。型に樹脂を入れて芯を作る。そのフォルムが完成形なので、そこに革を貼っていきます。それぞれ全然作り方が違いますが、彫刻の上に革を貼るという工程は共通です。」
Q.今後の活動について教えてください。
「いま、個展は年に6回くらい開催しています。場所は関西を中心に、過去にはニューヨークでも行いました。今後、モチーフとして取り組みたいと考えているものはありますが、まだ形にはなっていないですね。今までやってこなかったようなことにチャレンジしたいとは思っています。
私の作品は、初めて見た方に『えっ、これが革?』と驚かれることが多いです。ご説明しても『やっぱり革に見えない』という方もいらっしゃいます。まずこういった革の造形物をあまり見る機会がないということが一つの原因だと思います。もう一つの原因は、私が革の表面をごしごし擦って殺していること。それで余計に革っぽさが消えていくんだと思います。一瞬見ただけでは、『鉄か木彫かブロンズに見える』とおっしゃる方も多いですが、そのように見せたいわけではありません。革は血が通って生きていた、いきものの素材なので、それをある程度行為として消し去る。でも、消してもなお残る革の強さってあると思うんです。その強さはしばらく身近に置いてもらうと、他の素材とは違う革の力として感じてもらえると思います。」
続いて、奥様の滋子さんにもお話を伺いました。
滋子さんの作品は、甲さんの力強い雰囲気とは異なるやわらかな雰囲気をまとっています。
河野滋子さんに聞く ~現代美術と出会って~
Q.作品を拝見して、甲さんとはまったく逆の印象を受けました。どのようなテーマで作品を作られているのですか?
「今回の展示は以前の作品と、今の作品を両方展示しています。
これまでは、粘土の表面にガーゼを貼った人形などの作品が多かったのですが、2012年に奈良の現代美術の画廊の方との出会いがあり、そこで展示をすることになったところから、作風が変わってきました。展示会の際にはコンセプトを決めるのですが、その画廊のオーナーに『手の中にぐっと入るくらいの気持ちが出てきたものを作ってくれ』と言われ、その時できたのが頭が欠けた作品です。それがぱっと出てきました。アートフェアなどにも参加して、若い人たちと一緒に空間を演出する経験もしました。若い人たちとの制作は学ぶところが多く、刺激も受けましたね。」
Q.今回の展示作品の特長を教えてください。
「今回、ギャラリー夢雲さんで展示会をするということになり、どんな作品を展示しようかとすごく悩みました。夢雲さんはずっとお世話になっている場所。半年くらい作品を作れない時期もありましたが、そんな中でできた作品がこちらのシリーズです。これなら夢雲さんにも合うなあと思って、今回発表させてもらいました。布をひたすら巻いて、棒状のものを作って貼り付けています。ミノムシをイメージしたもの、他に、魚やクジラのラインをイメージしたものもあります。この顔の表情を作るのにアフリカの仮面などいろいろ調べましたが、結局この顔になりました。私はデザインも好きで、足すより引くことを考えています。この作品をどう発展させていけるかこれから突き詰めていこうと思っています。」
「朝の散歩で見かけた、蛾の羽をモチーフにした作品もあります。草むらに落ちていましたがとても美しく感じました。」
Q.今後はどのようなテーマで作品を作られる予定ですか?
「“歪みを持つがゆえに見える世界”が必ずあると思っていて、それを表現していきたいですね。例えば、私の作品で四角いスカートを履いた女の子の作品があります。『私は四角が好きだから四角いスカートを履きたい!』という女の子がいると、周りの人は丸いスカートに矯正しようとします。でも、それが本当に正しいことなのか。その子はそれを言われ続けることによって、『自分が歪んでいるのかな』『私はおかしいのかな』と考えてしまいます。それは彼女にとって辛いこと。でも、それを乗り越えて見える世界が必ずあると思います。実は、私の愛読書にもそれに近い文章が出てきます。すごくいいな、と思っていてそれを今後のテーマにしたいですね。主人には『お前は自分の世界を突き詰めたらいい』と言ってもらっているので頑張ろうかなと思っています。」
河野甲さん、滋子さん、貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
作品から溢れ出るいきものや自然、そして人に対するあたたかさは、お二人の人柄からくるものだと感じました。
また、同じものづくりに携わる者として、作品と向き合う姿勢も学ばせていただきました。
お二人の展示は、10月31日まで開催されています。
これからの季節は、色づき始める山々の風景もお楽しみいただけることでしょう。
森の中のギャラリーへ、ぜひお出かけくださいませ。
『河野甲×河野滋子二人展』
KO KONO LEATHER WORK EXHIBITION + SHIGEKO KONO original figurative works
会期:2016年10月21日(金)~31日(月)
期間中無休、午前11時~午後6時
会場:
ギャラリー夢雲
奈良県宇陀市室生向渕415 Tel:0745-92-3960