夢こうろ染(9) 〜素材を活かすために熟知を~
工房主が聞いた「革も染める事ができますか」という質問から始まった夢こうろ染のランドセルづくり。奥田祐斎先生は革以外にも様々なものを染めて来た。それは奥田先生が、扱う素材がどういったものかを熟知しているから可能なのだ。
「世の中にあるすべてのものは、ダイヤモンドであっても小さな穴が空いているので、その中に染料が入り込めば染まる、というわけです。
でも大変だったものもありました。ステンレスを編み込んだものを持ち込まれた事があったんですが、それも1ヶ月で染めたものを納めました。真珠も、顕微鏡で表面を見て、炭酸カルシウムのタイル状に並んだものの間にあるタンパク質の隙間に着目した訳です。そのタンパク質の部分に染料分子が定着するように研究をしましたね。」
探究心の固まり、というのも、鞄工房山本のものづくりと通じている。
子どもたちの為に最高のランドセルをつくる。そのためにならば、様々な研究を行なってきた。金具であれ、コバ塗りであれ、とことん突き詰めて考え、研究し、試し、そして実現して行く。
しかし、劣等生であった、と言っていた奥田先生であるが、その探究心のためなら化学も歴史も調べ、学んで行くという。同窓会でもネタになる程だと笑う。
1ヶ月を要したステンレスなどの金属の染色も、化学の側面からアプローチしたのだ。
金属は無機質。有機の染料とは簡単には結合しない。その間を取り持つものでどう繋げるのかを研究した、という。
とは言っても、染めに関する基礎があるからこそそういった考えに辿り着く事ができるのだ。
「草木染めなどの自然染料は有機なので腐ったりもします。そこに金属の水溶液を加える事で安定するんです。生物も有機と無機の結合ですからね。そういう意味では染めとは生命的なものなんですよ。」と、どんなに難しい事であっても、基本は『自然』と言うものに行き着くのである。
もちろん、多くの革を作って行かなければならない時にも自然と向き合う事は重要なのだそうだ。
「革は一点毎によくよく見ると違いがあるんです。自然のものですからね。真珠も三日で染まるものもあれば、七日かかるものもある。(夢こうろ染で染められた)コードバンも5回で仕上がるものもあれば、7回必要なものもある。」
工房主はこう付け加える。「革の良さとはそこにあるんで、その違いも見てもらいたいですね。」
そうは言いながらも、奥田先生はこう言いながら笑った。「たまに訳の分かんないことも起こるんです。想像とは違う事もね。」そんな事も自然と向き合う事のひとつとしてとらえているようである。