目と手先を使って
ランドセルに使用される本革は牛革が中心。自然素材であるという事は、ひとつひとつが違うという事でもある。 まず、目でしっかりとキズやよれなどが無いかを確認していく。そして指先も使い更なる確認を行なう。裏面も表面もどんなキズが後に製品になった時に不具合を起こすかを知るからこそ、鞄を一からつくる事が出来る工房主、山本一彦しか出来ない仕事なのだ。本革の表も裏も感覚を駆使して確認する。
かぶせ、大マチ、前ポケット、小マチという面積の大きいものは型を用いる。 その型を本革に置いていき、線を引くが、どのような角度で何個分のパーツを無駄無くとる事が出来るのかも知識と経験が必要な技である。それが『型入れ』という作業。 牛革で良い部分は牛の背中の部分。お尻の方へ行けば行くほど悪いと言われているそうだ。カブセや革ベルトは背中からおなかへと向かう繊維の流れを絶対に守る。強度を保ち、6年間を過ごすためのそんなこだわりと共に、一枚一枚の牛革を総合的に判断し手早く型の当て方をイメージし、リズミカルに線を引いていく。リズミカルに線を引いていく。
ひとつずつ、部位毎に違う本革を確認していく作業は目と指先を使った感覚の作業ともいえる。 「100枚あれば100枚状態も大きさも違いますね。」 牛革は食用に飼育された牛の革であり、牛革をつくるために飼育されてはいない。 ランドセルなどの鞄づくりでは、10センチ四方を「1デシ」という単位を用いる。ランドセルひとつをつくるには85デシ必要となる。 その革の状態でより多くの枚数を必要とする事もあるという。 山本がこだわるのは、いい部分は強度や見栄えの面からも長く使ってもらえるので、悪い部分は使わない、ということだ。小物をつくる所だと、そういったところにはこだわらない事もあるそうだ。 だからこそ、はじめに状態をしっかりと見極め、印をつけていく作業は、後々の工程と品質のためにも重要な作業なのだ。それを今出来るのは山本本人だけ。しかし、後継は育っている。鞄工房山本は意識レベルの高いスタッフによるチームだからなのだ。 彼らによって型入れされた革が裁断へと行く日もそう遠い日ではないのだろう。引き継がれる鞄工房山本の技
工房主・山本が一番長く過ごすのが型入れをする場所。一番場所をとるが、ショールームを見る事が出来、お客様の顔を見る事が出来る場所でもある。 本人にとってもお気に入りの場所のようだ。 そこで、例えば、100本分のベルトの型入れを行なう。2時間から3時間かかる、と山本。集中力と根気も必要な作業であろう。 その前に必ず牛革の裏面にあるキズなどを瞬時にその牛革の表に印していく。どれくらいの範囲が使えないのかを目に焼き付け表のどの部分かを完璧に記憶している。寸分違わずに印が付けられる。 そして、大きなパーツの型をあて、革の繊維の向きや密度などを見極めながら『型入れ』を行なっていく。 台紙・白鉛筆が型入れの必須道具。 型入れを行なうために、まずは裁断の作業に携わり、本革に触れ、本革を熟知していく事が必要なのだという。 「もちろん、革一枚の特性などは教えた上で裁断等の作業をしてもらっていますよ。」 その裁断の作業や出来てきたパーツの様子を見ていると「これはいける」とわかるとも山本は言う。 「意識レベルが高いスタッフがたくさんうちにはいるのもうれしいですね。」 ひとつひとつのパーツづくりや作業を習熟していく事で次のステージへ、それが山本の考えだ。 それに呼応するかのように、一人一人が前工程や後工程を理解し、どうして行くのが良いのかなどを考え、より広い視野で仕事をしているスタッフも多い。 平均年齢は30代前半だと言う。若いスタッフと共につくり上げていくのが楽しみだとも。 サンプル品、試作品をつくる時にも、これまでは山本一人で行なってきた作業を鞄工房山本のスタッフがより多く関わるように変化してきた。 「私が型入れして、それを裁断のスタッフに回し、縫製のスタッフに意図を指示してつくっていく、それが出来るようになりましたね。うちの工房のレベルがあがっているな、と思っていますね。」 こうやって技術と感覚とが受け継がれているのだ。型入れから裁断へ
工房主・山本の手で型入れされた革は、やっと裁断工程へとやってくる。大きな部分はCAD-CAMというコンピューター制御のレーザーカッターで、付属品など小さな部分は油圧式裁断機を用いて行く。 CAD-CAMでの裁断は他のスタッフに任せていると山本は言った。そうする事でより革に触れ合い、特性を自らの目と感覚で熟知していく事が出来るからと言う事だ。他の裁断も山本以外のスタッフがより関わって行なっている。 さて、CAD-CAMで大きな部位を裁断するのに使うには理由がある。早さだけではなく、レーザーによる裁断であるため左右対称のゆがみのない出来に仕上がる利点もあるからだ。 特徴的なのはかぶせの部分。いわばランドセルの顔とも言える部分なのだから、ゆがみなどは絶対に許されない。 一方、油圧式裁断機は昔から使い続けている機械で、金型を押し当てて裁断していく。しかし、その際にもキズのある部分は避け、革の繊維の流れに細心の注意を払いながら作業していく。圧をかける際に革がどう反応するのか、力加減はどうすべきか、などなど。そう、この感覚を養う事が本革を扱うために重要な事なのだ。 もし、繊維の流れを無視して裁断してしまうとどうなるか。使用途中で革が割れてしまう。小学校生活6年間を過ごしてもらうランドセルには許されない。 レベルが高いスタッフの集まりだからこそ、単純作業をただ行なうのではなく、使うお子さまたちの顔を思い浮かべながら、そして先代の教えでもある「どんな時代でも、よいもの」をつくり、そのために「手間を惜しまない」考え方が根付いているのである。 こうして裁断され、パーツになった本革は、使われる部位毎に更なる加工が施されていく。大きな目、広く見る目
レーザーで革を焼き切っていくCAD-CAM。少しこげたにおいが漂う。そこでは、工房主が引いた線に合わせて裁断していく場所を指定していく。かぶせやベルトなどの大きなパーツはここで裁断される。リズミカルに同じ形状のものを手際よく、型入れされたところに合わせて機械の上から投射された型をコンピューターのモニターも見ながらマウスを使って華麗に指定していく。 「型入れした形状とぴったりとは合わない時もありますので、革の状態を判断して微調整をしています。無理して入れてしまって後の工程で使う革や工程に影響がでてはいけませんから。」 1枚の革を切り終えるまで要する時間は10分。立つのは機械の中央。しかし、そこから革全体や機械、モニターすべてを見渡しているかのようだ。画面を見ながら、革に投射された線を配置し、裁断する箇所を決定していく西。
適宜様子を見、重しを移動させることで革が浮き上がらないようにする配慮も忘れない。この作業を一手に引き受けるのは西。若い女性スタッフだ。 この作業をして2年少し。この素早さには理由があった。彼女は奈良生まれで文化財について学んできた。元々ものづくりが好きだったという。 「手づくりのランドセルに携わっていて、どうやったら良いものがつくれるのかを日々考えていけることは楽しいですね。」 そして投てきの陸上選手でもあった。状況を見極め、アクションを組み立て、実行へ。コンピューターを扱うことは若いだけあって抵抗はないという。 しかし、革の状況を工房主に続いてここでも確認しつつ、保管状況や革のロール具合を感覚値で測りながらどの程度の作業を行なうことで素早く正確に革を裁断していけるのかを判断する。切り終えた革を手際よく、大事に取り出し、次の工程へと渡す。
「まあ、慣れですね。革のどこがランドセルのどの場所に使われるかがわかるので、どう配置し、どう進めていいのかがわかってきましたね。後の工程に必要な革を早くまわすためにもこういった判断は必要ですね。 使うスピードや必要となる順番が違いますから、私がしっかりと考えてやらないとお客様の手元に届かない。お客様にいいものを届けるためにも次の人が如何に気持ちよく働けるかを考えて行動しなくてはいけないと思っています。重要なポジションですよね。」気持ちよく、さりげなく
「始めた時よりも今の方が二倍はスピードがあがりましたね。」とはにかみながらもハキハキと答える。レーザーで焼き切っていく訳だから同じ形のかぶせやベルトなど、大きめの部材が出来上がるだろう。素人にはそう思えても、現実は違う。 隣り合った部位の間隔次第で革が浮き上がったりし、本来切ろうとしている形からずれたり歪んだり、無駄な部材が発生してしまう。そうならないようにわざと飛ばして裁断したりという技をつかっていく。 また、切っている間はネームタグづくりを手作業で行なっている。裁断された革にひもを通し、きれいに並べていく。切られた部材も整理して積み重ねていく。西によりきれいに整頓された革のタグをつくる作業場。
「ここでの作業は型入れのあとの一番最初の作業で、後の工程全体を知っていないとだめだと思うんですね。順番を考えて他の人が必要なことを考えてですね。そして、ここで切り終えた革をきちんと保管しておかないと、ダメージにつながりますから。」 当たり前のことと言わんばかりの口調であったが、これはより良いランドセルを届けたい、という思いだからである。 また、ここで切り終えた部材の残りは、他の場所で小さな部材用の裁断が行なわれる。そのために使いやすい大きさで、無駄を最小限にすることを考えて小さく切っていく。型入れされた線を元に、更なる確認を行い、裁断が終わった革は、小さなパーツの裁断工程へと向かう。
そうやって、前の工程から次の工程のことを考えて仕事をしていくのは、鞄工房山本でランドセルづくりに携わる皆がそうだから、自然とそれが当たり前の行動になっていったという。「わからなかったら聞きにいきますよ。」そんな行動力も持ち合わせているのも体育会系なところだろうか。 CAD-CAMの作業場から見えるところにあるボタンなど金具をつける工程の様子を常に気にしながら作業しているのだ。金具が保管されているのがCAD-CAMの作業場なのだが、同僚の作業の様子を見ながら、金具の入った箱を持っていく。気づくのが早いとも認める。話を聞いていてもペースは崩さない。スタッフへの心配りも忘れない。それがつながってひとつのランドセルの形となっていくのである。 彼女には最後にこれからの夢を聞いた。 「私じゃなきゃだめだと思ってもらえるような仕事になればいいな、と思いますね。より全体を見られるようにとか、新しい製品などのプログラムをする3D CADの操作自体はまだ出来ないので、それを出来るようになりたいですね。 この作業をすべてわかるようになりたいです。あとは、さりげなく相手を思いやれるようになれたらなぁ、とも思います。」